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【難聴手術の体験談①】人工内耳のメリットは「会話」が戻ったこと。デメリットは騒がしいお店では聞き取りにくいこと

解説 カラダネ編集部

難聴の手術として、今、人工内耳を装用する人が増えているといいます(ちなみに、上にある記事のトップ画像は、人工内耳の体内装置〈インプラント〉をイラスト化したものです)。
人工内耳は、主に重度の感音難聴の患者さんに装用する医療機器で、日本での人工内耳手術の実施件数は延べ1万件以上。現在、全国の主要な病院や大学病院で年間1000件以上が実施されているそうです。
人工内耳についてくわしくは、記事の一番下にある関連記事をご覧ください。

人工内耳を使うと、音のある生活が取り戻せる点は間違いありませんが、「どんな手術法なのか」「人工内耳を決断した理由」「どのくらい聞こえるのか」といったことは、実際に使っている人の声を聞くのが近道です。

カラダネ編集部では今回、人工内耳友の会「ACITA(あした)」の方からご協力をいただき、お話を聞くことができました。

外リンパ瘻が原因で聴力が悪化

お話をお聞きした1人めは、吉田明子さん(仮名・会社員・56歳)です。吉田さんは、人工内耳の装用歴は7年です。吉田さんが、難聴を発症したきっかけは少し特殊でした。

「私が難聴を発症したのは、29歳のときでした。ある日、カゼをひいてせき込んでいたら、左耳の奥でブチッと何かが切れたような違和感があったのです。
その後、体のバランス感覚がおかしくなり、病院の耳鼻咽喉科を受診したら「外リンパ瘻(ろう)」と診断されました。これは、内耳を満たしているリンパ液が中耳にもれて難聴や耳鳴り・めまい・平衡障害などさまざまな症状が現れる病気。
医師の説明によると、もともと私の内耳は他の人よりも形が変わっており、強くせき込んだことでリンパ管が切れたのではないかとのことでした。すぐに入院して手術を受けましたが、術後に聴力が低下して軽度難聴になってしまったのです」

吉田さんは、その後は血流改善薬やビタミン剤を処方されて飲んでいましたが、難聴の改善にはいたりませんでした。そして、補聴器を装用するようになったそうです。
「補聴器を使っていたとはいえ、右耳は聞こえており、左耳も多少は聞こえていたので補聴器を装用すれば、日常生活で特に困ることはありませんでした。
実際に、補聴器の装用だけで30代のうちは問題なく暮らしていたのです。外リンパ瘻になった前後に私は3人の娘を生みましたが、子育てに大きな支障はありませんでした」

どれだけ聴力が回復するかはわからない。それでも人工内耳をつけたい

そんな吉田さんの難聴の症状が悪化したのは40歳のときでした。
「外リンパ瘻になった左耳の聴力がガクッと低下したのです。さらに、45歳になると右耳の聴力も低下してこちらも補聴器が必要になり、48歳で両耳が重度難聴になりました。ここまで悪化すると、補聴器を使ってもほとんど聞こえません。そのため、仕事をやめなくてはなりませんでした」

吉田さんは、その後に手話教室などに通ったそうです。そんなある日、人工内耳のことを書いたポスターを目にしました。吉田さんは、人工内耳に可能性を感じて、埼玉医科大学病院で行われた人工内耳の講演会を聞くことにしたのです。
そのときの話で、人工内耳を装用すれば重度難聴でも聴力の回復が期待できると知り、手術を受けてみたいと考えて埼玉医科大学病院を受診したそうです。

そのときのことを、吉田さんは次のように振り返っています。
「先生からは、『手術はやってみないと、どれだけ聴力が回復するかわかりません。それでもいいですか』と念を押されていたので、不安が全くなかったわけではありません。術前検査の結果、聴力回復の可能性が高いことがわかったので最終的に手術を受けると決めました。
そもそも、私は、人と話すのが大好きな性格なので、重度難聴で会話ができなくなってからは毎日がつらくて仕方がありませんでした。ですから、すんなりと決断できたのではないかと思います。むしろ、主人や3人の娘が心配していました。
人工内耳についてはいくつかの機器がありますが、私は最も古くから人工内耳を扱っているメーカーのものを医師から提示されたので、それを装用することに決めました」

最初は、糸電話で声を聞いているような感覚だった

吉田さんの場合は手術に5時間(平均は2〜3時間といわれます)ほどかかったそうです。
s_リモートアクセス.jpg「私は、両耳に難聴がありましたが、体内装置(インプラント)を埋め込んだのは左耳です。左耳の方が聴力がなかったので、そちらに入れたというわけです。手術後は10日間で退院できました。

そして、装用したインプラントに音入れをしたのは、退院から4日後のことだったそうです。
「音を拾うサウンドプロセッサの電源を入れて、最初に聞こえたのは『吉田さん、聞こえますか』という言語聴覚士の声です。すごくいい音ではなく、私の場合は、なんというか……糸電話で声を聞いているような感じでしょうか。小さくて細い声でしたが、声として聞き取れました。

その後は、1〜2週間おきにマッピングをくり返して、最適な音の聞こえ方を探りました。私の場合は、半年で最適な音が定まりました。通常、マッピングのプログラムは、話し声、静寂下、雑音、風の強い屋外など、状況によって使い分けられる数種類をサウンドプロセッサに登録します。人によってはマメに切り替えるようですが、私はたいてい話し声のプログラムだけを使用しています。
ちなみに、右耳は少しだけ聴力が残っているので補聴器を使っています」

娘と話ができ、再就職もできた。人工内耳を装用して本当によかった!

人工内耳を装用後は、吉田さんはとても充実した日々を過ごされています。
「手術前、娘たちとは筆談や手話でのコミュニケーションでしたが、人工内耳を装用してからは接し方が一変しました。特に、人工内耳手術を受けたころ三女は思春期だったので、母親としていろいろな悩みを聞いてあげられたのはよかったと思います。

もう一つ素晴らしかったのは、人工内耳手術を受けてから3ヵ月後に念願の再就職ができたこと。仕事を通じて社会とかかわりたいと思っていたので、その願いもかない、喜びもひとしおです。

もちろん、人工内耳に不満がないわけではありません。健聴者の耳は、無意識のうちに音を選んでいるので、ワイワイガヤガヤとした騒がしい場所でも相手の声を聞き分けられるものです。それに対して人工内耳の場合は、体外装置のマイクですべての音を拾って内耳に直接送るため、特定の音を選んで聞けません。

つまり、ガヤガヤしたお店では私の場合は聞き取りにくいときがあります。さらに、私の場合は音楽を聴くということは、あまりしていません(編集部注・人工内耳で音楽が聞こえないということではありません。音を自動で検知し、最適な聞こえに調整する機能があるものも登場しています。後述)。

また、人工内耳手術を受けたからといって、必ずしも聴力が完全に回復するわけではありません。実際に、音入れをしても聞こえがよくないという人の話も耳にしたことがあります。どんな治療もそうですが、必ずリスクがあります。そうしたリスクを理解したうえで、みなさんは手術を検討していただきたいです。
人工内耳で、難聴の何もかもが解決するわけでは決してありません。とはいえ、私は人工内耳を装用してよかったと心からいえる点に嘘はありません」

吉田さんのお話はいかがでしたでしょうか。
人工内耳を装用することで聞こえる生活を取り戻す人がどんどん増えています。人工内耳の聞こえ方には、吉田さんのおっしゃるように個人差があります。

とはいえ、装用後、たとえ最初は思ったように聞こえなくても、吉田さんのようにリハビリテーションで言語聴覚士といっしょに聞こえの調整(マッピング)をくりかえすことが大切。こうした地道なマッピングが、聞こえの改善のために不可欠なのです。
そして、みなさんにぜひ知っていただきたいのは、「聞きたい音を聞く」という行為は、「無駄な音を聞かない」という行為に等しいこと。この点はとても重要で、人工内耳の装用を考えている人はぜひ理解していただきたいと思います。

人工内耳の技術は日進月歩で、最近ではサウンドプロセッサが音を聞き取る環境を自動で検知し、快適な聞こえを提供してくれるシステムも登場しています。代表的な例でいうと、機器が自動で①音楽、②静寂下、③風、④話し声〈雑音下〉、⑤話し声、⑥雑音などといった聴取環境を識別し、最適な聞こえを実現してくれるのです。

現代は、こうした機器の進歩によって「難聴の方が理想的な音を取り戻す」あるいは、「聞くことによる疲労を軽減する」という環境が整いつつあるのです。

最後に、難聴そのものを完全に治すことは、難しいといわれています。
とはいえ、人工内耳を装用することで、聞こえを取り戻している方が年々増えているのは事実です。高度難聴や重度難聴の人には、人工内耳が治療の有力な選択肢である点は間違いありません。

高度難聴や重度難聴の方は、主治医に相談したりカラダネの他の記事を見たり、さらに情報を取り寄せたりして、人工内耳の装用を検討していただきたいと思います。

記事にあるセルフケア情報は安全性に配慮していますが、万が一体調が悪化する場合はすぐに中止して医師にご相談ください。また、効果効能を保証するものではありません。

写真/© Fotolia ©カラダネ

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